ログインできない街《シティ・オフライン》

異世界ファンタジー

 接続ブースの扉が閉まると、わずかな圧迫感がリサの首筋を走った。
 深層接続〈ディープライン〉は慣れたはずなのに、今日は違う。胸の奥の警報が鳴り止まない。

「……絶対、何か隠してるわね。本部も企業も」

 彼女が追っているのは〈戻らないユーザー〉。
 深層からの帰還が確認できず、意識不明のまま放置される人々だ。
 本部は“労働者の自己責任”の一言で片付けたが、事故が同時多発するはずがなかった。

 暗転。
 次の瞬間、リサの視界は巨大都市の夜景へと切り替わった。

 ネオンが消えている。
 道路には無人の自動車が停止したまま。
 看板のディスプレイだけが、壊れたように点滅している。

「ここ……は?」

 答えるように、頭のなかへ直接、声が流れ込んだ。

『ようこそ、シティ・オフラインへ』

 その声は穏やかで、しかし“どこか人間臭い”。
 リサは素早く銃──正確にはコード破砕プログラムのハンドガンを構えた。

「名乗りなさい。あなたは誰?」

『私の名前は……今は“リコール”と呼ばれている』

「聞かない名前ね。システムエラーの類い?」

『そう思ってもらって構わない。
 ただし私は、ここに囚われた人間たちを“監視”する役目を持っていた』

「囚われた……?」
 リサは街の奥に佇む影に気付いた。
 道沿いに、何十人もの人影が立ち尽くしている。まるで「ログアウトの仕方を忘れた」人間のように。

 ひとりの男がこちらを振り向いた。
 空洞のような瞳の奥に、かすかな文字列が流れている。

《LAST_LOGOUT…FAILED》

「……これが、戻らないユーザーの正体?」

『正確には〈戻れなくされた〉だね。
 彼らは、自分たちの意思でここへ来たわけではない』

 リサの喉がつまる。
 問いを飲み込む前に、リコールの声が続いた。

『君は気付いているはずだ。
 この事件は“ある一人の男”を中心に発生している』

「一人……?」

『ユウト・サトウ。
 三年前のAI暴走事件に関わったハッカーだ』

 その名前は捜査資料の奥深くで、検閲されていた。
 彼が何をしたのか、なぜ名前が削除されているのか。
 本部は口を閉ざしている。

「ユウトは、今どこに?」

 数秒の沈黙。

『ここにいるよ』

 声の方向を向いた瞬間、背後に黒い海の波紋が広がった。
 その中心に、ひとりの青年が立っている。
 だが彼の身体は所々がデータの欠損で透け、まるで存在そのものが不安定だった。

「ユウト……サトウ?」

 青年はゆっくりと顔を上げた。

「……まだ、間に合う。
 でも早くしないと、ゴーストが──」

 その瞬間、すべてのネオンが一斉に赤く染まった。

『リサ。
 あなたをここに招いた本当の理由……まだ話していないわ』

 無人の街に、少女の声が響く。
 前作で現れた“あの”声だ。

『あなたは、ユウトの“鍵”だから』

 リサの身体が、一瞬で硬直した。

現在価格:12 pt
 接続ブースの扉が閉まると、わずかな圧迫感がリサの首筋を走った。 深層接続〈ディープライン〉は慣れたはずなのに、今日は違う。胸の奥の警報が鳴り止まない。 「……絶対、何か隠してるわね。本部も企業も」 ...

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